TextureLoRALabという名前だ。「テクスチャ」という英語を、ラボ名に採用している。
しかし、実際のところ、わたしたちが目指しているのは「テクスチャ」ではない。本当に追求しているのは「マチエール」である。その違いは何か、そしてなぜその違いが重要なのか——それを説明するのが、この記事の目的だ。
テクスチャとは何か——繰り返しのパターン
テクスチャという言葉は、今ではコンピュータグラフィックスの業界用語として普及している。
テクスチャとは、表面の物理的な凹凸パターンである。例えば、赤レンガの表面のざらざらした凹凸。木の板の表面にある木目の溝。タイルの表面の規則的なタイル目。これらはすべて「繰り返しのパターンとして記述できる表面特性」である。
テクスチャの特徴は「パターン化可能性」にある。赤レンガのざらざらは、一定の統計的規則性を持つ。だから、小さなレンガの一部をスキャンして、それを拡大・反復させれば、より大きなレンガ表面を表現できる。木目も同じだ。一定の方向性と周期性を持つため、プロシージャル生成で比較的簡単に再現できる。
つまり、テクスチャは「パターン」である。そして「パターンは記述できる」ため、自動化と計算に向いている。
コンピュータグラフィックスの業界が、テクスチャという概念を発達させたのは、正にそのためだ。パターンを記述できれば、大量の画像を自動生成できる。スケーラビリティが確保される。だから、CGの製作現場ではテクスチャが中心的な概念となった。
AI画像生成も、同じ流れにある。テクスチャという「パターン化可能な表面」は、ディープラーニングモデルにとって学習しやすい領域だ。統計的規則性が高いため、ニューラルネットワークが学習データの共通パターンを効率的に抽出でき、特徴抽出が容易である。
マチエールとは何か——素材と作家の格闘の痕跡
一方、マチエールは違う。
マチエールはフランス語で「素材」「物質」を意味する言葉だが、美術の領域では特定の意味を持つ。それは「絵画における、絵の具の物質的な存在感」である。
油絵で例えるなら、キャンバスの上に重ねられた油絵の具そのものが、立体的な凹凸を持つ。パレットナイフで厚く塗られた絵の具は、光が当たると、その凹凸が影を落とす。この物質的な凹凸と、光と影の関係が、「マチエール」である。
しかし、ここが重要なのだ。マチエールは「繰り返しのパターン」ではない。むしろ、その反対だ。
なぜなら、厚塗りの油絵の凹凸は、画家の一筆一筆の判断の結果だからだ。その日の気分で、塗る厚さが変わる。同じ赤を使うにしても、速く塗るか遅く塗るか、どの方向に筆を走らせるか——すべてが、作家の意思決定の反映である。
つまり、マチエールには「作家の手の痕跡」がある。「素材と作家が格闘した痕跡」が刻まれている。それは、統計的規則性ではなく、個別的な判断の積み重ねなのだ。
日本の伝統絵画では、マチエールはさらに多層的だ。金箔を貼るとき、職人がハンマーで叩く力加減が、金箔の最終的な見た目を決める。岩絵の具を塗るとき、顔料の粒度と、にかわの濃度の組み合わせが、色の透明度を決める。螺鈿を配置するとき、貝の角度をわずかに変えるだけで、�n顉�の見え方が変わる。
これらはすべて、「パターン化できない判断」である。その時々の条件、材料の状態、作家の経験と美的判断——これらの総体が、最終的なマチエールを作り出す。
なぜマチエールがAIに難しいのか
テクスチャと、マチエールの違いが、なぜAI画像生成にとって重要なのか。
テクスチャは「パターン」だから、AIは学習しやすい。学習データセット内に赤レンガの写真が多くあれば、AIは「赤レンガとはこのようなざらざらしたパターンだ」と習得できる。その知識を使って、新しい赤レンガの画像を生成すれば、ほぼ正確だ。なぜなら、赤レンガの物理特性は変わらないからだ。
しかし、マチエールはどうか。学習データセット内に、異なる作家による油絵の厚塗り表現が含まれていても、AIが習得するのは「厚塗り表現とはこのようなざらざらした凹凸だ」という、統計的な平均値である。個別の作家の筆遣いの癚、その作家が時間を掛けて習得した技法、その時々の判断——こうした「個別的な選択」は、統計的な学習モデルには見えない。
なぜなら、深層学習モデルは「データセット内の繰り返しパターンと統計的規則性」を習得するシステムだからだ。複数の油絵から共通する視覚的特徴を抽出する。その結果は「平均的な油絵の厚塗り」になる。しかし、真の油絵のマチエールは「その作家がなぜそこに厚く塗ったのか」という、個別的な判断にあるのだ。
さらに、マチエールには「時間軸」がある。作家が経年で技法を進化させれば、同じ作家の異なる時期の作品でも、マチエールは変わる。古い金箔と新しい金箔は、物理的に異なる経年状態にある。これは「バージョン」というべき多様性であり、統計的な「平均値」には収まらない。
つまり、マチエールは「個別的な選択と時間の積み重ね」であり、そこに統計的パターンを見出そうとすれば、本質的な何かが失われる。
TextureLoRALabの立場——マチエールをデジタルに刻むという試み
では、TextureLoRALabは何をしているのか。
わたしたちは「テクスチャの自動化」ではなく、「マチエールのデジタル刻印」を目指している。
具体的には、学習データセット全体を「構成」することで、LoRAに対して「パターンではない判断」を教えようとしている。
例えば、金箔LoRAを作る場合、わたしたちが重視するのは「金箔のざらざらしたテクスチャパターン」ではない。重視するのは「この金箔は、どのような時代に、どのような職人技によって製作され、その後どのような経年変化を経たのか」という、その素材の来歴である。
その来歴に基づいて、学習データセットを「構成」する。江戸中期の箔打ちで作られた金箔だけを集める。または、码子をメインに用いた時代の作品だけを集める。すると、データセット全体が持つ「視覚格な統計性」は、実は「同じ来歴を持つ素材たちの共通特徴」なのだ。
LoRAがそこから習得するのは「金箔というパターン」ではなく、「この時代のこの技法で作られた金箔たちが、どのような視覚的特徴を共有しているか」という、より深い層の情報である。それは、単なる「パターン」ではなく、「素材の来歴と職人技が生み出した、個別的で歴史的な表現」としてのマチエールに、一段階近づいている。
完全には到達できない。AIは結局のところ、静止画から学習するシステムであり、「個別的な判断」を完全には習得できない。しかし「何を学習させるのか」という、データセット構築の段階で、マチエール的な倌判断」を埋め込むことはできる。
それが、わたしたちのアプローチである。
企業やプロジェクトが、本当の意味での「質感LoRA」を構築したいなら、この視点が要る。テクスチャ化できない領域に踏み込む覚悟が、必要だ。