Blog — 技術解説

AIで厚塗り表現を再現する方法
——なぜAI画像の厚塗りはプラスチックに見えるのか

最終更新: 2026年4月 ・ 読了時間: 約10分

美大卒エンジニア|TextureLoRALab

「厚塗りLoRAを使ったのに、なぜかプラスチックっぽい。」

「筆跡は出るけど、絵の具が乗っている感じがしない。」

AI画像生成で油絵や厚塗り表現を追求していると、必ずこの壁にぶつかる。構図は良い。色もそれっぽい。でも何かが違う。その「違和感の正体」を、今回は徹底的に解説する。後処理ツールでは解決できないプラスチック肌の問題も、ここで明らかになる。

目 次
  1. なぜAI画像の厚塗りはプラスチックに見えるのか
  2. 「スタイルLoRA」では解決できない理由
  3. 厚塗りの本質——マチエールとは何か
  4. マチエールLoRAとの組み合わせ方
  5. 実践:スタッキング設定と推奨プロンプト
  6. ポストプロセス(後処理)に頼らない理由
  7. まとめ

なぜAI画像の厚塗りはプラスチックに見えるのか

拡散モデルは「統計的な共起」を学習するシステムだ。「油絵」という言葉には、暖かい色調・筆のストローク・特定の構図パターンが相関している——モデルはそれを学ぶ。しかしモデルが学ばないのは、油絵の具とは何か、という物理的な事実だ。

油絵の具には粘度がある。インパスト(厚塗り)で重ねられた絵の具は、キャンバス上で物理的な高さを持つ。光が当たると、その凹凸が影を落とす。パレットナイフで引いたとき、絵の具の端は尖りや剖がれを見せる。これらはすべて「絵の具という物質の振る舞い」だ。

拡散モデルが2D画像から統計的に学ぶ方法では、この「物質の振る舞い」にアクセスできない。モデルが習得するのは「油絵っぽく見える表面パターン」であり、「物質として成立している表面」ではない。だからAI厚塗りは、どこか作り物めいた——「プラスチックに光沢処理を施したような」——印象になる。

もう一つの原因は「ウェット問題(Wet Problem)」だ。AI画像のほとんどの表面は、わずかに湿っているかのような均一な光沢感を持つ。実際の絵画表面が持つ、材料ごとの異なる反射特性——マットな岩絵の具、艶のある漆、散乱光を生む砂子——が平均化されてしまう。

「スタイルLoRA」では解決できない理由

Impasto・厚塗り・油絵スタイルを譳ったLoRAは、CivitAIに多数存在する。これらの多くは優れた成果を上げており、確かに「厚塗りっぽい」出力を生成できる。しかしそれらが解決できる範囲には、明確な天井がある。

比較項目 スタイルLoRA マチエールLoRA
学習対象 「油絵っぽい」視覚的アウトカム 材料の物理的振る舞い
近景クロップ フィルターをかけた写真に見える 実際の表面トポロジーが出る
距離別の一貫性 遠景では機能、近景で崩れる マクロ〜全体で材料感が持続
「絵の具が乗っている感」 ✗ 出ない ✓ 光とともに凹凸が見える
印刷解像度での耐久性 フィルター感が露呈しやすい 解像度が上がるほど本物らしさが増す

スタイルLoRAの役割は「何を描くか」の文法を与えること。マチエールLoRAの役割は「何で描かれているか」の物質感を与えること。この二つは補完的な関係にあり、どちらかだけでは不十分だ。

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厚塗りの本質——マチエールとは何か

「マチエール(matière)」はフランス語で「素材・物質」を意味する美術用語だ。美術史においては「絵画の物質的な存在感」——絵の具そのものが持つ立体感、光と影の関係、作家の手の痕跡——を指す。

厚塗り(インパスト)のマチエールを構成する要素を整理しよう。

これらはどれも「繰り返しのパターン」ではない。一筆ごとの判断と、材料の物理的な応答の積み重ねだ。AI画像生成がこの領域に足を踏み入れるには、「スタイルの再現」ではなく「物質の物理を学習する」という異なるアプローチが必要になる。

マチエールLoRAとの組み合わせ方

スタイルLoRAにマチエールLoRAを組み合わせることで、「文法」と「物質」の両方を画像に与えられる。LoRAスタッキングの実践ガイドでは、この組み合わせの重み設定と最適化について詳しく解説している。

スタイルLoRA:何を描くか——色調、構図、筆跡パターン、全体のムード。
マチエールLoRA:何で描かれているか——絵の具の物理的な振る舞い、光の反射特性、素材の深度感。

この二つは競合しない。スタイルLoRAが「油絵の構図と色」を担当し、マチエールLoRAが「その油絵の具が実際にどう振る舞うか」を補う。

合計ウェイトの管理

複数のLoRAを組み合わせる際の最重要ルールは、合計ウェイトを2.0〜2.5以内に抑えることだ。LoRAはリニアにはスケールしない。組み合わせた時のモデルへの負荷は掛け算的に上がるため、単純な足し算では計算できない。

実践:スタッキング設定と推奨プロンプト

基本スタッキング構成

推奨スタッキング設定(開始値)
スタイルLoRA(Impasto系): weight 0.6
マチエールLoRA(SHIFUKU Gold Leaf v2 など): weight 0.7〜0.8
─────────────────
合計: 1.3〜1.4(安全ゾーン)

Clip Skip: 1 または 2(両方テスト推奨)
ベースモデル: SDXL 1.0

スタイルLoRAが画面の構成を支配している場合、マチエールLoRAのウェイトを相対的に高めにする(0.7〜0.8)。これは「スタイルが提供する文脈の上で、物質の物理が発現する」ためだ。マチエールLoRAを0.4以下にすると、質感効果がほぼ見えなくなるため注意。

プロンプト設計

マチエールLoRAはプロンプトとの協調によって最大効果を発揮する。LoRAが「何を知っているか」をプロンプトが「どこで使うか」に変換するイメージだ。

厚塗り × 質感:推奨プロンプトパターン
❌ 効果が薄い例:
"oil painting, thick paint, impasto"

✓ 効果が出る例:
"impasto oil painting, visible brushstrokes with directional texture, paint ridges catching raking light, wet-on-dry layering, physical pigment relief, close-up detail"

✓ 金箔と組み合わせる例:
"impasto oil painting with gold leaf accents, kinpaku scattered squares visible, paint surface relief meets gold leaf edges, strong raking light"

距離のキューワードも有効だ。「close-up of paint surface, visible texture detail」と指定すると、マチエールLoRAの近景学習が優先的に呼び出される。遠景では「viewed from 2 meters, full canvas visible」と指定すると、全体的な絵画感が前面に出る。Before/After評価では、この距離別の視点からLoRA効果を検証する方法を学べる。

トラブルシューティング

「ポストプロセスで回り道をする」の限界

UnPlasticやVellum AIなどのテクスチャ復元ツールは、确かに表面にノイズを追加して「プラスチック感」を緩和できる。ラピッドプロトタイピングや一時的な用途には有用だ。

だが、表面装飾は「素材の論理」ではない。専門の保存修復調査で学んだことは、金箔は「金色のテクスチャ」ではないということだ。金属結晶構造の圧縮への応答として、特定の断層線で割れる。車、漆の光学的深度は層を貢ぐ複数の層の屈折率から生まれる。折りたたみ鉄の紋目は、鉄を折りたたんだプロセスが残した跡跡だ。

UnPlasticは画像が滑らかすぎると判断し、「ノイズを加える」。しかし它はどの種類のノイズか、なぜそのノイズが特定の場所に現れるのか、素材が異なる照明下でどう振る舞うのか——それを知らない。これが天井だ。

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まとめ

AI画像生成が厚塗り表現に苦手なのは、モデルが「スタイル」を学習する仕組みになっているからだ。厚塗りの本質は「视覚スタイル」ではなく「物質の物理」であり、それを学習するにはマチエールステップのトレーニングが必要になる。

厚塗りをAIで再現することは、プロンプトの問題ではない。モデルに何を教えるかの問題だ。そしてそれは、特定の素材がなぜそのように見えるのかを理解することから始まる。